2009年12月05日

風呂屋者

寛永20年(1643年)の『色音論』(しきおんろん、別名『志きをんろん』・『あづまめぐり』)内に「江戸時代寛永中盛んなりし」とある風呂屋女は、「お風呂を召しませ」、「お背中流しませう」などといい、かゆいところに手が届くサービスが喜ばれ、流行し、模倣され、江戸をはじめとし諸国で湯女が流行した。

湯女は制限されたので、江戸では別に、「風呂女」という名称を立て、表向きは職分を分け、湯女と同じく売春した。明暦3年にこれは幕府によって禁じられた。江戸では、元禄16年の地震大火ののち、風呂屋の営業内容が一変し、純粋な銭湯が行なわれたが、上方ではなおも風呂女の売春が続いた。
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井原西鶴の「好色一代女」5に、「一夜を銀六匁にて呼子鳥、是伝授女なり。覚束なくて尋ねけるに、風呂屋ものを猿といふなるべし。くれ方より人によばれける」とあり、江戸では汗を流すというのに対し、上方では垢を掻くという意味で風呂屋者を「猿」と称した。「栄花咄」には、当時の風呂屋ものについて、「大臣にさそはれ、姉が小路の和泉風呂に入相の頃より行きて、吹かれてさつとあがり場に座して」、「同じ心の友あそび、皆でなんぼがものぞ、ありたけ出せと、丸行燈たばこぼん菓子盆を段々に、また気が替りておもしろし、かかりしものの後には、祇園町、島の内みな全盛のこととなれり。江戸も風呂屋茶屋のものより、散茶はじまりて、今の昼三二階にあがれば、これなり」とある。

元禄以後、上方で流行した名残としては、天保以後まで大坂島之内の娼家などが、「○○風呂」と称したことで知られる。

2009年11月29日

2004年11月25日

2004年11月25日
千葉地方裁判所(裁判長:安藤裕子)は、小泉純一郎首相の靖国神社参拝(2001年8月13日)について、参拝は公務と認定した上で、原告の慰謝料請求を棄却した。その理由として、安藤裁判長は、公用車を使用したり、内閣総理大臣の肩書きを用いたりしているため、参拝は客観的に見て職務であると認定し、その上で公務員個人には国家賠償法における責任はないとした。また、「信教の自由や、静かな宗教的な環境で信仰生活を送るという宗教的人格権を侵害された」として慰謝料の支払いを求めた原告側に対し、判決は「信仰の具体的な強制、干渉や不利益な扱いを受けた事実はなく、信教の自由の侵害はない。宗教的人格権は法的に具体的に保護されたものではない」として退けた。このため、憲法判断はされていない。
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2005年9月29日
「靖国訴訟」東京高裁(浜野惺(しずか)裁判長)は1審の千葉地裁判決を支持、原告側控訴を棄却。
小泉首相は、2001年8月13日、秘書官同行の上公用車で同神社を訪れ「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳、献花代3万円を納め参拝した。これに対し、千葉県内の戦没者遺族や宗教家ら39人からなる原告は、この参拝は総理大臣の職務行為として行なわれており、政教分離を定めた憲法に違反すると主張。小泉首相と国に1人当たり10万円の損害賠償を求めていた。
判決要旨:1審判決は、首相の参拝を「職務行為」と認定したが、今回の2審判決では、参拝は小泉首相の「個人的な行為」と認定した。また、参拝は職務行為ではないため、原告側主張は前提を欠くとした。このため、憲法判断はされていない。
神社本殿での拝礼は、個人的信条に基づく宗教上の行為、私的行為として首相個人が憲法20条1項で保障される信教の自由の範囲。故に礼拝行為が内閣総理大臣の職務行為とは言えない。
献花代は私費負担。献花一対を本殿に供えた行為は、私的宗教行為ないし個人の儀礼上の行為。いずれも個人の行為の域を出ず、首相の職務行為とは認められない。
「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した行為は、個人の肩書を付したに過ぎない。

2009年11月25日

源氏長者

源氏長者(げんじのちょうじゃ)は、源氏一族全体の氏長者の事を指す。原則として源氏のなかでもっとも官位が高い者が源氏長者となる。源氏のなかでの祭祀、召集、裁判、氏爵の推挙などの諸権利を持つ。一般的には、奨学院・淳和院の両別当を兼任するといわれているが、自身も源氏長者だった北畠親房の『職原鈔』によれば、奨学院別当のみでも要件を満たす(その場合、次席が淳和院別当となる)と解説している。
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源氏長者は、当初は嵯峨源氏から出ていた。初代は左大臣源信とされているが、淳和院への別当設置と奨学院そのものの設置はともに元慶5年(881年)のことであり、当時の嵯峨源氏及び源氏全体の筆頭公卿であった源融またはその子の源昇が両院別当と源氏長者を兼ねた最初の人物であったと推定されている。もっとも、奨学院自体は皇別氏族全体の施設でありその別当は源氏長者のそれとは異なり、平氏や在原氏などを含めた全体の長者であった可能性もある。つまり源氏長者と奨学院別当及び淳和院別当の同一性は必ずしも保持されていなかった可能性もあることになる(なお、『姉言記』(文治4年6月30日条)には源通親の話として過去に源氏を外祖父に持つ者が院別当(両院もしくは奨学院)に補された例があり、代表例として藤原扶幹や藤原行成らを挙げている。彼らが源氏長者を兼ねていた可能性もあるが明証は無い)。更に当初の源氏長者は嵯峨源氏の公卿に限定されており(『西宮記』巻13)、嵯峨源氏最後の公卿である源等までは同氏が独占していた(ただし、途中に藤原扶幹の院別当兼務期を挟む)。その後、嵯峨源氏を外祖父とする重明親王及び源高明(醍醐源氏)が源氏長者に任じられた。以後は源高明に代表される醍醐源氏と源雅信に代表される宇多源氏がかわるがわる補任された。

2009年11月07日

主観的な意識による定義

nationの本質は主観的な意識なのであって、それが政治的、文化的、生物学的なものであるかどうかにかかわらず、客観的に共有される特質にはよらないとする議論もある。

ヒュー・シートン=ワトソンは「ひとつのグループが相当部分を占め、みずからを一個のnationをなすべきと考えるようになったとき、あるいはかれらがすでに一個のnationをなしているかのように振舞うようになったとき、たちまちひとつのnationが存在するようになる」と主張する。

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エリック・ホブズボームも同様の立場をとる。「最初の作業仮説として、人々の十分に大きな集団があって、その成員が自らを「ネイション」の一員とみなしているのであれば、それをネイションとして取り扱うことにしよう」

またアーネスト・ゲルナーは一方では、まず闘争がはじめにあって、そのあとに、nationがやって来ることができるということを主張し、他方ではまた、ひとつのnationはかならず、互いにひとつのnationに属しているとみなしている人々からなる必要があることを強調する。

2009年10月30日

両用レンズ

老視の人がひとつの目的距離のみを見たい場合であれば、適正に調整された単一度数のレンズ (単焦点レンズ) の近距離用眼鏡のみで問題はない。ただ、眼鏡によって明視域が広がったわけではないので、複数の目的距離(書類とプロジェクター画面等)を切り替えて見たい場合は単焦点レンズだと眼鏡の掛け外しや複数の眼鏡の掛け換えが必要で、実用上煩雑になる。また、老視の程度が進むと書類とPC画面の距離の差でさえ、自然な作業姿勢のままでは、ひとつの近距離用単焦点レンズの眼鏡で両方を楽にはっきり見ることが難しくなる。

このような不自由を解消するため、ひとつのレンズに異なる度数の部分を作ったレンズが多種類作られており、総称して両用レンズと呼ばれる。通常はレンズ上部が下部より遠い距離用で、レンズ下部が上部より近い距離にピントが合うように作られている。
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両用レンズには大きく分けると下記の累進レンズと多重焦点レンズがある。
1枚のレンズ上で、異なる目的距離にあわせた異なる度数を持った部分を作り、その間を徐々に度数が変化する面(累進帯)で結んだレンズの総称。度数の変化が下記の多重焦点のような段階的ではなく累進的に変化するので累進レンズと呼ばれる。一般には「境目のない両用レンズ」などと呼ばれることが多い。

累進レンズの種類はいくつかあり、使用目的に合わせて遠近レンズ・中近レンズ・近々レンズと呼ばれる事が一般的で、各個人のニーズや目の使い方、年齢に合わせて種類・度数を選択する。

2009年10月19日

制限行為能力者と同種の法律用語として

1999年(平成11年)の民法改正前には、制限行為能力者と同種の法律用語として、「無能力者」あるいは「行為無能力者」という用語が用いられていた。しかし、「無能力」という言葉は字義通り「能無し」の意味に受け取られ、差別的であまり良いイメージではないため、同じく差別的な「禁治産者」「準禁治産者」などの用語も一掃し、制度の内容もプライバシーの保護や自己決定の尊重などを重視して大幅に変更した。

このとき新たに作られた制度が成年後見制度であり、従来の「無能力者」は「制限能力者」に表現が改められた。さらに、民法の現代語化を主な目的とする2004年(平成16年)の民法の一部改正法の施行により、2005年(平成17年)4月から、さらに「制限行為能力者」という表現に改められた。

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なお、この民法の改正に合わせて任意後見契約に関する法律が施行され、任意後見人の制度が発足した。同時に、後見登記等に関する法律により、後見、補佐及び補助に関する登記、任意後見契約に関する登記がされることとなった。

民法は「年齢二十歳をもって、成年とする。」と規定しており(民法第4条)、この反対解釈から民法上の未成年者とは20歳に達しない者をいう。ただし、未成年者が婚姻をした場合は、20歳に満たない場合でも成年に達したものとみなされる(第753条 - 婚姻による成年擬制)。

2009年06月19日

染色体遺伝学の成熟に伴う確証

1911年からはブリッジス、スターティヴァント、マラーなど、その後のショウジョウバエ遺伝学に貢献する研究者達が学生として研究室に参加し、多くの突然変異体を単離しはじめる。これらの変異体の交配実験の結果から、ある2つの変異体の間では、遺伝の法則の1つ「独立の法則」に従わない例が見いだされた(右コラム参照)。既にサットンによって予測されていたが、実際に得られたこの結果と考察から連鎖という概念が作られた。多くの変異を用いて交配実験を行った結果、それぞれの変異は4つの連鎖群に分けられた。ショウジョウバエの染色体は4組あり連鎖群の数と同じであった。これは遺伝子が染色体上にあることを強く裏付ける結果である。

独立の法則はそれぞれの形質が独立して遺伝するというものであり、個々の遺伝因子が「粒子状」で存在していることを想像させるが、メンデルは別々の染色体に由来する形質を観察していたのである。

交配では組換えが起こることも見いだされた。組換えとは同じ連鎖群に含まれており、図のような Ab と aB の連鎖が AB と ab の連鎖に変わる現象である。これに先立って、減数分裂において染色体の一部が入れ替わる交叉が観察されており、交叉を組換えの物理的現象と考えるとうまく説明がつく。つまり遺伝子が染色体上に線状に配置されており、組換えは交叉により染色体の一部が入れ替わったと考えられるのである。また、近くにある遺伝子ほど組換えが起きにくいという推測から、スターティヴァントは線状に遺伝子の場所を特定することを発案し、遺伝子地図が作られていった。組換え価の単位として用いられる cM(センチモルガン)は、モーガンの業績を讃えてつけられたものである。
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さらにブリッジスによる染色体不分離の発見が、染色体説を確固たるものにした。染色体不分離とは減数分裂において相同染色体が分離しない現象であり、例えば性染色体では XXY や XO といった組み合わせをもった個体を生じる。交配では低頻度ではあるが連鎖や組換えでも説明できない、遺伝の法則に従わない形質を示す個体が得られる。これらの染色体を観察すると染色体数が異常であり、染色体不分離を起こした配偶子から得られた個体であると考えられた。それまでの連鎖や組換えは確からしい結果であったが、飽くまで間接的な証拠であった。この染色体不分離という遺伝現象の例外こそが、染色体と形質を同時に観察可能にし、染色体説の決定的な証拠となったのである。

伴性遺伝と性染色体、連鎖群と染色体数、組換えと交叉、そして染色体不分離の実験と観察から得られた結果は、遺伝子が染色体上にあるとする考えが妥当であることを示し、染色体説を受容させるに十分であった。このようにして、1920年代までには「遺伝子は染色体上に線状に配列している」ことが、揺るぎない事実として認められるようになった。この業績によりモーガンは1933年にノーベル生理学・医学賞を受賞する。

また1933年、モーガンがノーベル賞を受賞するよりも前、テキサス大学のペインターによって多糸染色体が発見された。双翅目昆虫の幼虫にある唾液腺という組織では、細胞が細胞分裂を伴わない染色体の増幅を行うため、通常の1,000倍ほどの太さで観察することができるのである。この巨大な染色体を用いた染色体異常などの観察結果も、モーガンらの説をより直接的に裏付けるものだった。染色体にみられる縞状のパターンは遺伝子地図と結びつけられ、その後、他のモデル生物でも逆遺伝学やバイオインフォマティクスなどで重要なツールとして用いられている。

2009年04月29日

神道

神道(しんとう・かんながらのみち)とは、日本の民俗的な信仰体系であり、日本固有の多神教の宗教である。

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ゴールデンアイ健康・医学倶楽部総合

神道は、太古の日本から信仰されてきた固有の文化に起源を持つ宗教である。日本列島に住む民族の間に自然発生的に生まれ育った伝統的な民俗信仰・自然信仰を基盤とし、豪族層による中央や地方の政治体制と関連しながら徐々に成立した。なお、神道には明確な教義や教典がなく、『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』『宣命』などといった「神典」と称される古典を規範とする。森羅万象に神が宿ると考え、天津神・国津神や祖霊を祀り、祭祀を重視する。浄明正直(浄く明るく正しく直く)を徳目とする。他宗教と比べて、現世主義的であり、性善説的であり、祀られるもの(神)と祀るもの(信奉者)との間の連体意識が強い、などといった特徴が見られる。

神道と仏教の違いについては、神道は神話に登場する神々のように地縁・血縁などで結ばれた共同体(部族や村etc)を守ることを目的に信仰されてきたのに対し、仏教は主に個人の安心立命や魂の救済、国家鎮護を求める目的で信仰されてきたという点で大きく相違する。
神道は、日本国内で約1億600万人に支持されており(文化庁「宗教年鑑」)、約85000の神社が登録されている。

2009年04月14日

伝統拳と制定拳

中国武術の門派は非常に多く、それらは伝統武術としてそれぞれの特徴、風格を伝えており一概に優劣をつけられるものではない。しかし、競技としての表演を行うときにはそれぞれの特徴があまりに異なると採点に支障が出るために、武術太極拳競技の套路競技専用の統一套路が作られた。これを制定拳、または規定拳という。套路競技のためにつくられたので動作の優美さや難度の高さが強調されている一方で、伝統拳に備わっている実用性はあまり考慮されていない。

制定拳は競技用に統一された一つの基準であり、伝統拳は武術の起源である戦闘法、対人技術を考慮し、脈々と受け継がれてきたものである。

門派 [編集]
制定拳の長拳、太極拳、南拳は、それぞれ、北派の外家拳、内家拳、および南派拳を代表させたものであると考えられる。この分類に従って伝統武術を見てみると下のように分類することが出来る。

北派(外家拳)
少林拳、査拳、翻子拳、八極拳、蟷螂拳(螳螂拳)鷹爪拳(鷹爪翻子拳)
北派(内家拳)
太極拳、八卦掌、形意拳、六合八法拳
南派武術(南拳)
洪家拳、詠春拳、蔡莫拳、白鶴拳、蔡李佛家拳
分類の正当性については異論があるがここでは便宜上、上記分類に従った順番で各武術を紹介する。別の説の例として、伝統武術の四大流派は、華拳、峨媚拳、武当拳、少林拳とする。多くの門派はこれらから分かれた。

北派(外家拳) [編集]
少林拳、査拳、翻子拳、八極拳、蟷螂拳、鷹爪拳、鷹爪翻子拳などがある。

少林拳(しょうりんけん)
少林拳は中国河南省嵩山に伝わる武術、もしくはその流れを汲む武術一般を含んでいる。その歴史は古く、各派の武術に大きな影響を与えたことから「天下の武術少林より出ず」と謳われている。
上海精武体育会では、潭腿を初級で学び、少林五戦拳(大戦、脱戦、短戦、十字戦、合戦)を正科とし、さらに羅漢拳を学んだ。
少林拳は日本ではしばしば「少林寺拳法」と呼ばれる。しかし、現在広く知られている少林寺拳法は中国の拳術を学んだ日本人宗道臣が日本で新たに創始した武術であり、柔術など日本武術の特徴を多く有しつつ独自の技術を持つ武道であることから、中国少林寺に伝承される武術とは異なる。
査拳(さけん)
査拳は中国山東省冠県がその発祥地と言われている(諸説あり)。古くからイスラム教徒(回族)の間で伝承されており、代表的な長拳類の一拳種である。動作は大きく、腿法を多用し、跳躍を含み、また一路査拳から十路査拳、いくつかのこれらを補う多くの拳術套路、器械套路を有している。現在ではいくつかの派に分かれ内外に広く伝承されている。
翻子拳(ほんしけん)
翻子拳は「双拳の密なること雨の如し、脆快なること一掛鞭の如し」と謳われるように両の拳を雨あられの様に連続して繰り出し、あたかも爆竹が炸裂する様な風格で非常にスピード感あふれる武術である。翻子拳は手技主体であるため、近年、足技主体の戳脚(てききゃく)と合わせて練習されることも多い。「戳脚翻子拳」として合体していることがある。
八極拳(はっきょくけん)
八極拳は中国河北省がその発祥地といわれ、古くからイスラム教徒(回族)の間で伝承されてきた。後に漢族に伝わり、それぞれ独自の発展を遂げている。その特徴は「崩」「撼」「突」「撃」に代表される重厚な風格を有しており、動作は比較的簡単に構成されている。八極拳は接近戦を得意としているため、ロングレンジでの攻防を得意とする劈掛拳と兼習されることも多い。孟村系、南京中央国術館系、西北系、東北系、武壇系など多くの派を生みだした。
蟷螂拳(とうろうけん)
蟷螂拳(螳螂拳)は王朗が獲物を捕るカマキリの動作に着想を得て創始したと伝えられる武術である。清朝の頃より中国山東省で伝えられ、現在では七星、梅花、太極、六合、八歩など多くの派に分かれ中国各地に分布している。武術としては「補漏」(すきあらば打つ、の意)を基本とする。手法が複雑で連関性に富み、「上下連貫」と呼ばれる手法と腿法のコンビネーションが巧みで、スピード感あふれる独特の風格を有している。伝承される套路や技法が非常に多いため「螳螂三百六十手」と称され、どんな技でも螳螂拳を探せば似たものが見つかると言われる。

北派(内家拳) [編集]
太極拳、八卦掌、形意拳、六合八法拳などがある。

太極拳(たいきょくけん)
太極拳は、河南省陳家溝の陳一族に伝わる武術を元に広まり、現在では多くの門派がある。最も有名な五つの門派を五大太極拳ということがあり、それぞれ創始者の名を取って陳式、楊式、呉式、武式、孫式と呼ばれる。楊式は愛好者が最も多く、緩やかな動作を主とする。陳式は激しい動きを多く含み、少林拳に通じる技法も多い。他の太極門派に伝承されていない技法が数多く存在しているため、陳式を太極拳の源流とする説があるが、反論もある。いずれの門派も、静かな呼吸と緩やかな動きの架式(形)による修練方法が最大の特徴で、その動きが健康増進に効果が高いとされ、現在では武術としてよりも健康法として世界に広まっているが、有段者レベルだと推手と呼ばれる実戦的組み手練習も行われる。健康法として広く行われている簡化二十四式太極拳は、楊式太極拳に呉式のよりシンプルな動きを取り入れた制定拳と呼ばれる太極拳で、二十四の複合技(式)からなっている。
八卦掌(はっけしょう)
八卦掌は、その名の如く殆ど拳を使わずに開いた掌(てのひら)を用いることと、また相手を中心とした円周に沿って滑らかな動作で移動する、走圏と呼ばれる歩法に特徴がある。非常に難度の高い武術であるとされる。代表的な套路には、老八掌、八大掌、連環掌、龍形掌、六十四掌などがある。
形意拳(けいいけん)
形意拳は太極拳や八卦掌と同じく、 北派、内家拳に分類される。陰陽五行説を技法として表現する五行拳(金行劈拳、水行鑚拳、木行崩拳、火行炮拳、土行横拳)と呼ばれる五種の基本拳と、 その応用で十二形拳(龍形拳、虎形拳、猴形拳、馬形拳、黽形拳、 鶏形拳、鷂形拳、燕形拳、蛇形拳、鳥台形拳、鷹形拳、熊形拳)と呼ばれる、十二種の動物の意を表した象形拳を基本としている。代表的な套路には、五行連環拳・雑式捶・四把捶・八字功などがあり、対練には五花砲対練・五行砲対練・安身砲対練(十二形大用対拳)などがある。また、三体式(三才式、三体勢、開勢)という姿勢を基本架式として用いること、歩法には主に跟歩を用いることが特徴的である。かつては河南省に伝わる近親門派である心意六合拳も河南派形意拳と称されたが、現代では混同を避ける為、山西省、河北省伝来のもののみを形意拳と分類している。
六合八法拳(ろくごうはっぽうけん)

南派武術(南拳) [編集]
長江以南で広く行われる武術の総称であるが、活発な地域として福建省、広東省があり、それぞれに特徴がある。福建南拳は短橋狭馬といわれる。橋は腕の使い方を示し、馬は歩形を表す。即ち狭い歩幅で立ち、腕を短く使うことが特徴である。広東南拳は長橋大馬と言われ、歩幅を広く取り腕を長く使う。

広東南拳 [編集]
洪家拳、蔡李佛家拳などが含まれる。

洪家拳(こうかけん)
洪家拳は、南拳の代表的門派であり、制定拳の南拳もこの門派を原型としているために広く知られる南拳のイメージは洪家拳のイメージに近い。歩幅を広く取り強く拳を振るう広東南拳の一派であるが、多くの門派から技術を取り入れて長短の技術が完備している。この門派の武術家、黄飛鴻は清代に実在した武術家であるが、彼をモデルとした映画が何本も撮影されており、特に、ジェット・リー主演で映画化された「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」のシリーズが有名。また、ジャッキー・チェンも洪家拳を学んており、映画でも見ることができる。
蔡李佛家拳(さいりふっかけん)
蔡李佛拳の発祥は今から約170年前で、比較的新しい拳術。蔡李佛百套といわれ、これは徒手や武器、対打などの型が実際に100種あるという意味ではなく、非常に多いという意味である。実際には100種を優に超える。徒手の型は”四十九套”と云われているが、その全てを教えているところはたぶん無く、系統にもよるが約10~20種ほどである。

福建南拳 [編集]
詠春拳、白鶴拳などが含まれる。

詠春拳(えいしゅんけん)
詠春拳は、短橋狭馬の代表格で、狭いスタンスで立ち、スピーディーな手技を用いる。ブルース・リーが学んだ武術として有名である。詠春拳はブルース・リーが初めて学んだ武術として紹介されることが多いが、正確にはブルース・リーが初めて学んだ武術は父から学んだ太極拳である。いくつかの派にわかれて伝えられている。代表的な拳套(型)として小念頭、尋橋、標指があり、木人樁(もくじんとう、木の人形)を使用した訓練でも有名である。
白鶴拳(はっかくけん)
白鶴拳は、詠春拳と同根を為す短橋狭馬の武術で、鶴の動きを取り入れたと言われる。狭いスタンス、短く早く使う手法は詠春拳に共通するが、鶴の翼の動きから取り入れられた五形手(木形手、火形手、土形手、金形手、水形手)に特徴がある。現在では4つの門派に別れており、鶴のそれぞれの動作を主としていることから白鶴門鳴鶴拳、白鶴門宿鶴拳、白鶴門食鶴拳、白鶴門飛鶴拳と呼ばれる。
非常に実用的であると評価されており五祖拳や意拳に動作が取り入れられるなど大きな影響を与えている。また、空手にも関係が深い。

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2009年03月30日

ストレッチャー

ストレッチャー

ストレッチするための健康器具の一種。
絵画修復に用いる、絵画の張り具合を調整する器具。
動けない患者や遺体を寝かせたまま輸送する道具。本項で詳説する
ブロース フィンガ チボウ ハロゲン アゴニスト リバタ シェル ハーフ あまおう スカム シャーク ステコミ ジャブ ブレー スリー フィッシュ ポプラ ロユリ ランブル さとち マリン マンディー プラク ヒール ルノー リスト ドオオ ヒット ダンス にしなり ブール マレー ビアン ハイタッチ デッキ エイド タグ最強 ホップ ラッチ サブリ ジェイリ タバスコ ワンダン ステーキ 恋人たち プレス オフィス レイシズ とまや バージャケ

ストレッチャー(英:stretcher)とは、動けない怪我人や病人を搬送するための器具をさす。日本語では担架(たんか)、用途により寝台車とも称する。但し、前者が一般的に用いられており、後者は手術時の病院構内での移動などに限られる。

構造 [編集]
最も基本的な構造としては、人の身長より長い棒またはパイプを左右に配し、その間に丈夫な布を渡して縫いつけたもの。これに傷病者を乗せ、二人以上の人が前後から支えて運ぶ。
折り畳み式のものもある。
傷病者の体を固定するためのベルトを供えたものもある。
脚と車のついたストレッチャーもある。
これは介護者一人でも移動が可能である。ただし床が滑らかでないと扱いにくい。

用途 [編集]
傷病者を人が運ぶ場合に用いる。

病院では手術室への移動などに、脚と車のついたストレッチャーを用いる場合が多い。
救急車に積載されているストレッチャーにはメインストレッチャー、サブストレッチャー、スクープストレッチャー等がある。
日本では災害の折など、雨戸の戸板や畳を担架がわりにすることもあった。
プロスポーツの会場では担架を事前に用意してあることがほとんどである。特にサッカーなど接触プレイの多い競技においては何らかの負傷を負う選手が多いためである。また担架1つでは足りない場合もあるので2つ以上用意されていることが多い。担架で運ぶ役割を担う者は大学のサッカー部など一般人が担当することもある。

臨時用 [編集]
災害時などは、怪我人の数などから標準的かつ有効な担架が用意できない場合が多々ある。そのため、ボーイスカウト、ガールスカウトなど団体によっては簡便な担架の作り方を講習しているところもある。

事例としては、以下のものがあるが、他にもある。写真や詳しい製作等は災害関係のサイトを参照されたい。

椅子をくくりつけたもの(王様が運ばれるような四人持ちのいすと考えればよい)
上着の服を二枚逆にむけ、2本の棒を通すもの
二本の棒に毛布をかぶせたもの(意外と重みに耐えられ、丈夫)
均等に紐を二本の棒に括り付けていったもの(あやとりを思い浮かべれば考えやすい)