1911年からはブリッジス、スターティヴァント、マラーなど、その後のショウジョウバエ遺伝学に貢献する研究者達が学生として研究室に参加し、多くの突然変異体を単離しはじめる。これらの変異体の交配実験の結果から、ある2つの変異体の間では、遺伝の法則の1つ「独立の法則」に従わない例が見いだされた(右コラム参照)。既にサットンによって予測されていたが、実際に得られたこの結果と考察から連鎖という概念が作られた。多くの変異を用いて交配実験を行った結果、それぞれの変異は4つの連鎖群に分けられた。ショウジョウバエの染色体は4組あり連鎖群の数と同じであった。これは遺伝子が染色体上にあることを強く裏付ける結果である。
独立の法則はそれぞれの形質が独立して遺伝するというものであり、個々の遺伝因子が「粒子状」で存在していることを想像させるが、メンデルは別々の染色体に由来する形質を観察していたのである。
交配では組換えが起こることも見いだされた。組換えとは同じ連鎖群に含まれており、図のような Ab と aB の連鎖が AB と ab の連鎖に変わる現象である。これに先立って、減数分裂において染色体の一部が入れ替わる交叉が観察されており、交叉を組換えの物理的現象と考えるとうまく説明がつく。つまり遺伝子が染色体上に線状に配置されており、組換えは交叉により染色体の一部が入れ替わったと考えられるのである。また、近くにある遺伝子ほど組換えが起きにくいという推測から、スターティヴァントは線状に遺伝子の場所を特定することを発案し、遺伝子地図が作られていった。組換え価の単位として用いられる cM(センチモルガン)は、モーガンの業績を讃えてつけられたものである。
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さらにブリッジスによる染色体不分離の発見が、染色体説を確固たるものにした。染色体不分離とは減数分裂において相同染色体が分離しない現象であり、例えば性染色体では XXY や XO といった組み合わせをもった個体を生じる。交配では低頻度ではあるが連鎖や組換えでも説明できない、遺伝の法則に従わない形質を示す個体が得られる。これらの染色体を観察すると染色体数が異常であり、染色体不分離を起こした配偶子から得られた個体であると考えられた。それまでの連鎖や組換えは確からしい結果であったが、飽くまで間接的な証拠であった。この染色体不分離という遺伝現象の例外こそが、染色体と形質を同時に観察可能にし、染色体説の決定的な証拠となったのである。
伴性遺伝と性染色体、連鎖群と染色体数、組換えと交叉、そして染色体不分離の実験と観察から得られた結果は、遺伝子が染色体上にあるとする考えが妥当であることを示し、染色体説を受容させるに十分であった。このようにして、1920年代までには「遺伝子は染色体上に線状に配列している」ことが、揺るぎない事実として認められるようになった。この業績によりモーガンは1933年にノーベル生理学・医学賞を受賞する。
また1933年、モーガンがノーベル賞を受賞するよりも前、テキサス大学のペインターによって多糸染色体が発見された。双翅目昆虫の幼虫にある唾液腺という組織では、細胞が細胞分裂を伴わない染色体の増幅を行うため、通常の1,000倍ほどの太さで観察することができるのである。この巨大な染色体を用いた染色体異常などの観察結果も、モーガンらの説をより直接的に裏付けるものだった。染色体にみられる縞状のパターンは遺伝子地図と結びつけられ、その後、他のモデル生物でも逆遺伝学やバイオインフォマティクスなどで重要なツールとして用いられている。